その王冠型は数あるお菓子の中でも
最も洗練された美しさ
写真でお分かりのように、円錐型をひねった形で中に穴があいている、一見王冠型を思わせる形の発酵菓子です。おそらく、当初は普通の大きめな型で焼いていたのでしょうが、中心部に火が通りにくいとのことで、中に穴を開けてみた。そして、おしゃれにちょっとばかりひねった形に・・・・・・。そんなプロセスでここに行き着いたのでしょう。数あるお菓子の中でも、最も洗練された姿ともいわれています。
そもそもはオーストリアやポーランドに古くから伝わるもので、各地に広がっていきました。よって呼び名も綴りもさまざまで、Gugelhupf グーゲルフップフ、Kugelhof クーゲルホッフ、Kugelhopf クーゲルホップフ、そしてフランス語圏では Kuglof クグロフとなっています。フランス語には元来Kで始まる言葉はなく、このことからも外来語であることが分かります。
さて、このクグロフ、オーストリアのハプスブルク家のマリー・アントワネットがたいそう好んでおり、ルイ16世に嫁いだことがきっかけとなって、フランスでも大いに流行ったといわれています。人間だれしも生まれたときからなじんできた味は忘れがたいものがあります。14歳で嫁いできた同妃も、折にふれこうしたものを口にしては、ふるさとへの想いをつのらせていたに違いありません。
そして、さらにこれを普及させたのは、天才製菓人と謳われたアントナン・カレームだとする書もあります。それによると彼は、その頃の駐仏オーストリア大使シュヴァルツェンベルク大公の料理長のウジェーヌからその作り方を教わったとされています。また別の本では、いやいやパリで最初にこれを作ったのはジョルジュという人の営む店だ、ともいっています。こうした論争が起こること自体、それほど注目に値するお菓子だということでもあります。今日のクグロフはイースト菌の発酵によって作られていますが、18世紀以前はオーストリアやポーランドで使われていたビール酵母を用いて作られていたようです。
そしてご存じのように、市民社会を開いたフランス革命(1789年)によって、マリー・アントワネットははかなくも断頭台の露と消え、後には彼女が愛してやまなかった王冠型のこれが残りました。たかがお菓子とはいえ、それを想うとたまらなくせつなくなってきます・・・・・・。
そこで、同妃の名誉挽回のお話をひとつ。「王妃様、民は、パンがないと騒いでおります」と進言した部下に対して言った「パンがなければお菓子を食べればいいじゃないの」のセリフですが、実際は「パンがなければブリオッシュを」であったとか。当時はブリオッシュなるものが日本ではまだ知られていなかったため、訳者が“バターもたっぷり含まれているし、まあ、お菓子みたいなものだろう”としてこう訳してしまったらしいのです。それがいかにもわがままな姫を表しているとして、あっという間に広まってしまいました。本当のところは、同妃のウィットに富んだ受け応えだったのです。もうそろそろ姫の誤解を解いて差し上げてもいい
のでは、と思うのは私だけではないはず。
文献:吉田 菊次郎 編・著 「クリムとドリムの冒険」偉人が愛したスイーツ