焼き上がりが散りゆく落ち葉のように
なるところから付いた名は「千枚の葉」
ミル mille とは「千」、フイユ feuille とは「葉」、つまりミルフイユ millefeuille とは「千枚の葉」という意味になります。パイ生地とカスタードクリームを段重ねにしたお菓子です。通常上面には粉糖をふりかけたり、フォンダンを塗ってチョコレートの線で矢がすり模様のデザインがほどこされ、店頭に並びます。日本でも既にかなりポピュラーなものとなっており、ご存知の方も多いかと思います。ただ、日本の場合、これをミルフィーユと称しているお菓子屋さんが少なくありません。フィーユとは「お嬢さん」の意味で、それでは「千人の女の子」となってしまいます。日本語の権威の広辞苑でも、このたびの新版にこの名が取り上げられましたが、残念なことにここでもミルフィーユとなっておりました。お恐れながらとご注進申し上げたところ、“それは重々承知のこと。さりながらわが国では、既にそれが通用語となっているため、それをもってここに記載した。実はここにこそ外来語の表記の難しさがある”とのご返事をいただきました。それ以上当方が口を挟むことのできようはずもありませんが、食の分野に携わるひとりとして、いつの日にか、正しい表記がなされることを望んでやみません。
さて、本題に戻ります。パイ生地とは通称で、正しくはフイユタージュ feuilletage といいますが、この生地は水で練った小麦粉とバターを層状に折って作るもので、焼き上がった様が、まるではらはらと散りゆく落ち葉が重なったような状態になるところから、この名が付けられました。
ちょっと塩味を感じるこの生地と甘くとろけるようなカスタードクリームとのコンビネーションが絶妙です。ただ段々にしただけではないかといわれましょうが、その単純なことを思いつくのが、実はすごいことなのです。その人はルージェ Rouget というフランス人の製菓人であったといいます。そのことがあったからこそ今もこうして彼の名が語り継がれ、書き継がれていくわけですから。
提案されたときはよほど衝撃的であったとみえ、美食家として名高く、うるさ方としても知られたグリモ・ド・ラ・レイニエール Grimod de la Reyniere は、「天才によって作られ、最も器用な手でこねられたに違いない」と言っています。そして、1807年、彼の著書『食通年鑑』の発行元である食味鑑定委員会のもとでミルフイユは鑑定にかけられました。なんでも鑑定団ならぬ美味鑑定団です。評決は「それをたとえるなら、幾重にも重ねられた葉のようだ」というものでした。
それにしても、千枚の葉とは言い得て妙。われわれは一見単純なこの重ね菓子を、恐らく永遠に楽しむことでしょう。その昔、まだフランスの言語も文化も、ましてやお菓子など、今のようになじんでいなかった頃、これを「千枚漬」と解釈した方がおられたといいま
す。笑うなかれ、けだし名訳。もし千枚漬をフランスに輸出しようとすれば、まさしくミルフイユ・ジャポネーズが適切でありましょう故に。
文献:吉田 菊次郎 編・著 「クリムとドリムの冒険」偉人が愛したスイーツ