「聖母マリアお清めの日」に焼いて供されたのが始まり
フランスを代表するアントルメのひとつ、クレープ crêpe。流動状のタネを薄くちりめん
のように焼いたもので、「絹のような」という意味を持っています。
パリでは、多くは街角で1坪あるかないかほどの囲いを作り、ジャムやバターを塗った
り、あるいは粉糖をふりかけて道行く人に供しています。大西洋岸のブリュターニュ地方
に行くと、ここはクレープの名産の地とされ、街中にクレープリー crêperie と称するそ
の専門店があり、メニューも豊富に揃っています。甘いものからチーズやハム、ソーセ
ージ等を入れたものまで、ざっと数十種。パリのような立食形式もないことはありません
が、ここではちゃんと座るレストラン風が主流です。
言語学的にこのクレープ crêpe をみてみると、中世のイギリスのクレスプ cresp、また
はクリスプ crisp から転じたとされるもので、フランスでは別にパヌケ pannequet とも呼
んでいます。これは英語のパンケーキ pancake に通じる言葉でもあります。
クレープの歴史を振り返ると、16世紀頃に始まったといわれ、2月2日の「聖母マリアの
お清めの日」に焼いて供されたことが発端とされています。この日はシャンドルール
chandeleur と呼ばれ、日本語では聖燭祭と訳されています。当日は、信者たちがキャン
ドルに火をともして行進するイベントが行われます。
こうした意味合いから発展して、この日は遊びの要素が大きなウェイトを占めてきまし
た。フランスでは、クレープを使って運試しが行われます。まず、右手に金貨、左手にク
レープの入ったフライパンを持つ。そして、焼けたクレープ生地を空中高く放り上げる。
それをうまく元のフライパンに戻すことができたら、この年は幸運が訪れ、またお金に困
らないとされています。うまくいかなかったらどうなる? なあに、もう一度やればいいだ
けのこと。
さて、そんなクレープですが、生地がニュートラルなだけに、いろいろなメニューが組
み立てられます。アイスクリーム仕立てにすれば、アントルメ・フロワ entremets froids
と呼ばれる冷製デザートに、熱々のフルーツソースやチョコレートソースをかければア
ントルメ・ショー entremets chauds という温製デザートに。そして、前述したごとく、ハム
やソーセージ、あるいはポテトなど野菜と組み合わせたものまで変幻自在にその役回り
をこなします。すなわち、オードブル、アントレからメインディッシュ、そしてデザートに至
るまですべてをこなすオールラウンドプレーヤーなのです。
ここに取り上げたクレープ・シュゼット crêpe suzette は、数ある中でも、アントルメ・シ
ョー、すなわち温製デザートの代表格とでもいったスイーツです。どうぞ、熱々のオレン
ジソースが冷めないうちに召し上がれ。
そうそう、灯りを落とした部屋で、ふりかけたリキュールを燃え上がらせる演出も忘れず
に。ますますすてきなムードがかもし出されること請け合いです。
文献:吉田 菊次郎 編・著 「クリムとドリムの冒険」偉人が愛したスイーツ