世界のどこにもない日本生まれの洋菓子
スイート・ポテトとは、文字通り“甘いイモ”の意味ですが、お菓子の世界では、サツマイモをベースに、種々の味付けをして洋風に仕上げたお菓子の名称として、広く理解されています。ただ、ヨーロッパ各国やアメリカ等、いわゆる“洋菓子”といわれるものを育んだ地のいずれを見渡してもスイート・ポテトのようなお菓子を見つけることはできません。そう、これは少々大げさに言わせていただければ、わが国が生んだ“世界に冠たる”洋菓子のひとつなのです。そうした意味では、ショートケーキと呼ばれるものと同じととらえていいのではないでしょうか。これもスポンジケーキと生クリームといちごという、自分たちがおいしいと思うものだけで組み立てた、世界のどこにもない日本の洋菓子です。
話を戻して、そんなスイート・ポテトを、ここで改めて検証してみたいと思います。
明治の初め頃、それまでの南蛮菓子とは少々様子の違う、いわゆる西洋菓子が次々と伝えられてきました。それまでのゆったりとした時の流れとは一変して、あらゆるものが一時に入ってくるわけですから、受け手も大変です。でもそこは勤勉にして実直なわが大和民族。今で言う異文化症候群、いわゆるカルチャーショックにとまどう間もあらばこそ、持ち前の進取の精神を遺憾なく発揮して次々と取り入れ、学び、自分たちのものにしていきました。そしてその技術や情報を生かしてさらに新しいものを生み出していきます。ほかの分野も同様でしょうが、お菓子の世界も例外ではありませんでした。
何ごとにも果敢にトライしていく御菓子司の職人たちは、知識を生かす知恵を身につけていました
「そうだ、日本にはサツマイモがある。これを使ってなんとか西洋風のお菓子ができないものか
こんなことを考えたようです。それでなくてもこのイモは“九里(栗)四里(より)うまい十三里半”などといわれた、うまいものの代表格。これを使えばうまいものができないわけがないと、ああだこうだとさまざまに手を尽くしてみました。
イモをほぐしてさらに甘くしようと砂糖を加え、少しでも西洋風にとバターや卵、そしてほんの少量の洋酒などを加えて練り上げます。このあたりは和菓子作りの餡炊きの要領で心得たものです。後はどう形づくるかです。容器がなければ、むいたイモの皮に盛りつけてみようか。ビスケット生地にも盛ってみよう。こうしてでき上がったのがこのお菓子。名付けてスイート・ポテト。まさしく和魂洋才の逸品です。明治の人の努力と発想の豊かさには頭が下がります。時に明治20年とも、あるいはいくらか前ともいわれています。いずれにしても明治の前半頃のこと。そして、以来百数十年、このお菓子は私たちの舌を楽しませ続け、今日に至っています。おそらくこれから先もずっとずっと。
文献:吉田 菊次郎 編・著 「クリムとドリムの冒険」偉人が愛したスイーツ